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生活歴や職歴と役割

   
 連載第3回(認知症介護Vol.12、No.3)が発刊された時に、一人の読者から次のようなお便りをいただきました。
 
 今、私の所属するグループホームで苦しんでいることがあります。それは、よく「役割を持ってもらう」「楽しみを持ってもらう」ということで、生活歴や職歴を参考にして、縫い物が得意だった人には雑巾を縫ってもらい、農家をやっていた人には一緒に草刈りをしてもらい、そして「昔は、ハーモニカを片時も離さず持ち歩き、機会があるごとに皆さんに披露していた」という人には「もう一度吹いてもらいましょう」という話が出ます。しかし、本人は「もう吹けないよ」と言います。また農家の人は、「ままごとのような畑ではできない」と言うのです。もっと深くその人が大切にしてきた趣味や仕事を考えたニーズ、長期・短期目標を表現するにはどうしたらよいでしょうか。
 
私は、生活歴や職歴を参考にニーズを挙げる時でも、中核症状や心理症状に対する介護者のかかわりや認知症の人の置かれている状況などの環境がどうなっているのかに目を向けて、問題をとらえてから表現すれば分かりやすいと考えます。
 

昔書道の先生をやっていた人がレクリエーションでは習字をしない

昔書道の先生をやっていた人がレクリエーションでは習字をしない
 
 同じような話が当施設でもありました。
 書道の先生をやっていた女性が認知症になり、当施設へ入所してきました。3カ月ほど経過して少しずつ生活に慣れてきた、ある日のレクリエーションでのことです。体操の後で習字をすることになり、介護職員や何人かの利用者が習字をはじめました。すると、書道の先生だったその女性は、そろそろと席を離れ、自室に入ってベッドに寝てしまいました。そして、次の週の書道の時間には、本人が立ち去るのを介護者が引きとめて、「書いてください」と言うと「書きたくない、やりたくない」と言って書こうとしません。
 数日後、一人の介護者の子どもが施設に遊びに来て夏休みの宿題の習字をしていたら、それに興味を持って「上手だね、もう1枚書いてごらん」と言って半紙を差し出していました。しかし、レクリエーションの時間での習字はしようとしません。この人が認知症になる前は、書道の師範の免状を習得してたくさんの生徒を育ててきました。介護者は、利用者の過去の生活歴や職歴を参考にして施設の生活に取り入れているのに、どうしてうまくいかないのでしょうか。
 この事例を詳しく観察して、中核症状や心理症状に対して環境がどうなっているのかに目を向けて、次のように考えてみました。
 
利用者は、昔書道の先生をやっていて子どもから大人まで書道を教えていた。現在は、判断や実行障害のために、何人もの人の見ているところで、半紙を置く、文鎮を載せる、何を書くのかを考えて全体の文字の配置を決める、筆に墨を含ませてどこに筆を置くかを判断するなどの道筋を立てた思考が難しくなっている。しかし、一度上達した腕も書かないでいれば腕が落ちてしまうことや、周りの入所者や介護職員も腕の落ちた自分とそんなに変わらないほど上手に書いていることは分かる。そして周りの人は、昔書道の先生をやっていたので、見ている前で上手に書くことを期待していることも自覚している。そのために、人前で腕の落ちたところを披露してしまい、「何だ、大したことない」と言われたらどうしようという不安がある(心理症状)。
 しかし介護者は、利用者の過去の生活歴や職歴を参考にして人前で習字をすることを求めるだけで、これから習字の腕を上達させようという人を育てていきたい気持ちがあることや、自分では書かないが指導力は積み上がっているので人の書いたものを見て褒めたり、もっとやる気を出すように仕向けようとして「もう1枚書いてごらん」と言っていたりすることに気づくことができない。さらに、「先生」と呼ばれて書道を教えていた時には、手本のテキストを参考にして生徒に書かせ、赤い墨を筆に付けて上手に書けている字に丸を付け、部分的に手本のように修正していたことや、ここには手本になるテキストがないことにも気づかない。
 
ここでの利用者にとっての困り事は、「一度は上達した腕も書かないでいたので腕が落ちてしまった。周りの入所者や介護職員もなかなか上手に書くので、腕の落ちた自分とあまり変わりがない。周りの人は、昔書道の先生をやっていたことを知っているので、見ている前で上手に書くことを期待している。人前で腕の落ちたところを披露して『何だ、大したことない』と言われると気落ちしてしまう。指導力は積み上がっているので、書いたものに対しての意見を言うことができるが、皆の見ている前で『書いてください』と言われるとつい引いてしまう」、そして意欲は「指導力は積み上がっているので、自分では書かないが、人の書いたものを見て褒めたり、もっとやる気を出すように仕向けようとして『もう1枚書いてごらん』と言いたい。小学生など、書道の腕を上達させようとしている人を応援したい」と考えました。
 

ハーモニカをもう一度吹いてもらおうとすると「もうできない」と言われる

ハーモニカをもう一度吹いてもらおうとすると「もうできない」と言われる
 
 利用者は、軽度の記憶障害はあるが音符やメロディーが分かり、ハーモニカを持つことができ、演奏する時にはハーモニカの穴が見えないので穴をイメージして左右に動かすことも分かる。しかし、利用者は唇に麻痺がありしっかりと結ぶことができないので、唇をすぼめて息を吹き出すことや吸うことが難しい。それでも介護者は、昔好きでやっていたことをやれるようにしてあげれば楽しみを持ってもらえるし、唇に麻痺があっても治ってしまうのではないかという期待を持っている。
 利用者は、昔、話し相手もなく寂しい暮らしをしていた時期があった。特に楽しいことをすることもないので、吹ける曲が1曲でもあれば楽しかった。上手に吹けなくてもハーモニカは唯一の楽しみだった。しかし、その一人ぼっちの時に、本当は友達が欲しいと思って吹いていた。ハーモニカを吹くことで友達との交流を求めていた。介護者は、みんなの前でハーモニカを吹いていた意味に気づこうとはしないで、「少しでもいいから吹いてみて」と勧める。
 
 ここでの利用者にとっての困り事は、「唇に麻痺がありしっかりと結ぶことができない。唇をすぼめて息を吹き出すことや吸うことが難しいので、ハーモニカを吹くことができない。昔、話し相手もなく寂しい暮らしをしていた時期に、本当は友達が欲しいと思ってハーモニカを吹いていたのに、介護者はそのことに気づくことができず、『少しでもいいから吹いてみて』と勧める」、そして意欲は「唇の麻痺を治して唇をすぼめて息を吹き出すことや吸うことができるようになりたい。皆の前でハーモニカを吹いていたのは、本当は友達が欲しいと思っていたからで、今は一人暮らしではないのでハーモニカを吹かなくてもよいことに気づいてほしい」と考えました。
 

まとめ

まとめ
 
 今回は、利用者の過去の職歴や生活歴を参考にして、そのことにまつわる思いや心理症状を満たすかかわりを考えました。それによって、過去にやっていたことを現在の状況の中でやってもらおうとするのではなく、精神面の健康を高め、維持するためのニーズ、長期・短期目標、サービス内容を考えることができました。
 
引用・参考文献
1)山口晴保編著、佐土根朗他著:認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント、協同医書出版社、2005
2)白澤政和監修、社団法人大阪介護支援専門員協会編:介護支援専門員のためのスキルアップテキスト[専門研修課程Ⅰ対応版]、P87、中央法規出版、2007
3)佐藤信人:ケアプラン作成の基本的考え方―試論ノート―、中央法規出版、2008
4)認知症介護研究・研修東京センター監修:認知症介護実践研修テキストシリーズ1、新しい認知症介護―実践者編、中央法規出版、2005
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